海外不動産投資によって発生する減価償却費を活用した節税スキームが人気を集めていましたが、令和2年度の税制改正で封じられることとなりました。
この記事では、海外不動産を使った節税対策のメリットと、税制改正で変更となったポイントを解説しています。
海外不動産投資に代わるおすすめの減価償却スキームも紹介しているので、合わせて参考にしてみてください。
ファイナンシャルプランナー / 生命保険協会認定FP / MDRT成績資格会員
この記事の監修担当者:伊藤理沙
日系大手生命保険会社で活躍後、2015年より保険代理店に所属。ライフプラン、家計の見直し等の個人コンサルティングを主軸に、ライフプランセミナー等の講演活動も行っている。相談件数は2,000件以上。
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中古の海外不動産を使った節税対策のメリット
税制改正以前は、取得した海外不動産から発生する減価償却費を給与所得などと損益通算させ、利益の圧縮を図るという節税手法が広く活用されてきました。
まずは、中古の海外不動産を使った減価償却スキームの概要と、節税面におけるメリットについて詳しく見ていきましょう。
簡便法による減価償却が可能
そもそも減価償却とは、海外不動産などの固定資産を購入した場合に、その費用を数年間~数十年間に分けて費用化する仕組みのことです。
減価償却の年数は税務当局が作成する「減価償却資産の耐用年数表」(https://www.city.fujieda.shizuoka.jp/material/files/group/130/taiyounensuuhyou.pdf)にまとめられており、これを「法定耐用年数」といいます。
例えば木造建物は法定耐用年数が22年と定められているため、取得後は22年かけて減価償却を行うということです。
ただしこれは新築の物件を購入した場合であり、中古物件については計算方法が異なります。
中古物件の場合はすでに耐用年数の一部または全部を経過していることから、経過年数を差し引いた期間で減価償却を行う必要があります。
これを「簡便法」といい、具体的な計算方法は以下の通りです。
法定耐用年数の一部を経過した場合 | (法定耐用年数-経過年数)+経過年数×20% |
---|---|
法定耐用年数の全部を経過した場合は | 法定耐用年数×20% |
例えば2,200万円の建物を取得した場合、新築だと償却に22年かかるため、1年あたりの減価償却費は100万円となります。
一方、築22年以上の中古物件なら4年(22年×20%=4.4年)で償却できるため、1年あたり550万円を減価償却費として計上できるのです。
中古物件はより短い期間で減価償却を完了できることから、節税メリットのある資産として活用されてきました。
不動産所得の赤字を損益通算できる
海外不動産投資の2つ目のメリットは、減価償却費として計上した費用を給与所得などと損益通算できるという点です。
損益通算とは、赤字の所得を黒字の所得から差し入いて相殺させることをいいます。
海外不動産を取得したことで発生する減価償却費が、海外不動産から得られる収入を上回る場合、不動産所得には損失(赤字)が生じることとなります。
これを給与所得などと相殺することで、全体の所得を抑えて節税につなげるという仕組みです。
なお損益通算できる所得には、不動産所得の他、事業所得・譲渡所得(総合課税の対象となるもの)・山林所得があります。
譲渡所得は申告分離課税で計算
不動産所得は総合課税の所得として損益通算ができるのに対し、海外不動産を譲渡(売却)したときに生じる譲渡所得については分離課税となる点も節税のポイントです。
分離課税とは、他の所得と合算せず、個別に税率を設定して計算する方法のことです。
海外不動産や山林などの高額な資産を譲渡することで生じる所得は一時的なものであるため、例年発生する所得に影響を与えないよう設けられている制度となります。
例えば購入から5年以上が経過した海外不動産を売却した場合、譲渡所得にかかる税率は約20%です。
一方、総合課税の所得税は最大で55%にもなるため、富裕層などの高額所得者の場合は最大で約35%の節税メリットを得られることになります。
毎年の確定申告では減価償却費の損益通算によって課税所得を抑え、譲渡時は分離課税によって税率を抑えるというのが中古の海外不動産を使った節税スキームの概要です。
税制改正の内容は?減価償却スキームの具体例と合わせて解説
個人・法人の間で広く使われてきた海外不動産による減価償却スキームですが、税負担の公平性を欠いているとして、令和2年度の税制改正で規制がかけられました。
続いて、税制改正の具体的な内容と、これによる法人企業への影響について詳しく見ていきましょう。
令和2年度の税制改正大綱の概要
令和2年(2020年)度の税制改正大綱では、海外不動産を使った節税に関して以下のように記載されています。
個人が、令和3年以後の各年において、国外中古建物から生ずる不動産所得を有する場合においてその年分の不動産所得の金額の計算上国外不動産所得の損失の金額があるときは、その国外不動産所得の損失の金額のうち国外中古建物の償却費に相当する部分の金額は、所得税に関する法令の規定の適用については、生じなかったものとみなす。
引用元:https://www.mof.go.jp/tax_policy/tax_reform/outline/fy2020/20191220taikou.pdf
つまり、令和3年(2021年)度の確定申告以降は、中古の海外不動産から生じた損失(赤字)を損益通算できなくなるということです。
減価償却の取り扱いはどう変わった?
減価償却費の損益通算ができなくなることで、所得額にどのような変化が起こるのでしょうか。
以下の例をもとにして、税制改正前後における所得税の計算方法を見ていきましょう。
例)
- アメリカにある築25年の木造建物を1億円(建物:8,000万円・土地:2,000万円)で購入
- 購入した物件を賃貸住宅として活用し、年間700万円の家賃収入を得ている
- 不動産の修繕などにかかる年間の経費は200万円
- 物件の所有者は日本に居住しており、年間3,000万円の給与所得がある
税制改正前の計算方法
税制改正前は、不動産所得から生じた損失を全て損益通算することが可能でした。
そのため、不動産所得を求めたあとで課税所得から差し引き、差し引いた金額に対して税率をかけます。
- 年間の減価償却費:8,000万円×(22年×20%)年=2,000万円
- 不動産所得:収入700万円-経費200万円-減価償却費2,000万円=△1,500万円
- 課税所得:給与所得3,000万円-不動産所得△1,500万円=1,500万円
- 所得税額:1,500万円×33%-153.6万円=341.4万円
なおここでは所得控除などは考慮していません。
また税率・税額控除額については、こちら(https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/shinkoku/tebiki/2013/taxanswer/shotoku/2260.htm)を参照してください。
税制改正後の計算方法
税制改正後は、不動産所得から生じた損失のうち、減価償却費に相当する部分の金額を生じなかったものとみなします。
そのため、不動産所得の金額が減価償却費を下回る場合、課税所得から差し引きを行うことができません。
- 年間の減価償却費:8,000万円×(22年×20%)年=2,000万円
- 不動産所得:収入700万円-経費200万円-減価償却費2,000万円=△1,500万円
不動産所得△1,500万円<減価償却費2,000万円となるため、損益通算できる不動産所得は0円 - 課税所得:給与所得3,000万円-不動産所得0円=3,000万円
- 所得税額:3,000万円×40%-279.6万円=920.4万円
このように、税制改正後は減価償却費を経費として計上できなくなるため、損益通算による所得税の節税効果も得られなくなります。
代わりに、上記の適用を受けた海外不動産の売却時の譲渡所得を求める際、減価償却累計額から生じなかったものとされた減価償却費相当額を差し引くことが可能です。
税制改正の法人への影響は?
今回の税制改正が適用されるのは個人の投資家のみのため、法人企業は引き続き海外不動産による減価償却スキームを利用することができます。
とは言え、同様の制限が法人企業に対して設けられる可能性もゼロではないため、今回の改正を踏まえて今後の対応を検討していくことが大切です。
最後に、海外不動産に代わる法人向けのおすすめ減価償却スキームを紹介していきます。
海外不動産投資に代わる減価償却スキーム
海外不動産投資と同じく、減価償却費を計上することで利益の繰り延べ効果を得られる節税手法に「日本型オペレーティングリース」があります。
日本型オペレーティングリースの仕組み
日本型オペレーティングリースとは、オペレーティングリース取引に匿名組合の契約形態を組み合わせた投資商品の1つです。
オペレーティングリース取引で使用される物件の購入に法人として出資することで、匿名組合で生じた損益の分配を受けられるという仕組みです。
対象となる物件は航空機・船舶・コンテナなどの高額資産であるため、一度に数千万円~数億円単位の減価償却費を計上できるのが特徴。
突発的な利益が発生した年の節税対策として非常に効果のあるスキームと言えるでしょう。
海外不動産投資と比較した場合のメリット
海外不動産投資と日本型オペレーティングリース投資には、以下のような違いがあります。
海外不動産投資 | 日本型オペレーティングリース投資 | |
---|---|---|
物件の所有者 | 取得した法人 | 匿名組合 |
減価償却費の計算方法 | 定額法 | 定率法 |
キャッシュアウト | 修繕などで定期的に発生 | 最初の1回のみ |
減価償却費の損益通算 | 令和3年度以降は不可 | 可 |
日本型オペレーティングリースは定率法で減価償却を計算するため、出資初年度から多額の損金算入が見込めるというのが大きなメリットです。
また出資が1回で完了することから、翌年度以降の収益を考慮しなくて良い点もメリットといえます。
このように、日本型オペレーティングリースは海外不動産投資よりも扱いやすい部分が多いので、法人の節税対策でお悩みの方はぜひ活用を検討してみてください。
まとめ
- 減価償却費の計上による利益の圧縮が見込めることから、海外不動産投資が人気を集めていた
- しかし令和2年度の税制改正で、減価償却費の損益通算が認められないこととなった(現状は個人投資家のみ)
- 海外不動産投資に代わる減価償却スキームとして、日本型オペレーティングリースが注目されている
現時点で海外不動産に関する税制改正の影響を受けていない法人企業も、今後同様の規制がかかる可能性は少なくないでしょう。
早めに状況を把握して、日本型オペレーティングリースに切り替えるなどの対応を進めていくことをおすすめします。